〈社会小説〉奴隷と囚人©洪 経世

「〈男1〉奴隷と自由人の違いは契約の自由が有るか無いかだ。奴隷には契約の自由が無い。逆に言えば契約の自由が無い人間は奴隷だって事だ」「〈男2〉でも不思議なのは、俺はいろいろな奴隷、と言うか、奴隷と言えるような立場の人を多く見てきたが、自由人より明るい顔をしてる人が多い。なぜなんだろうな」「〈男1〉それは俺も思うな。奴隷ほど顔が生き生きしてる場合が有る。契約の自由が無いだけで、自由が全く無いわけじゃないからな」「〈男2〉なんで?トイレの時間まで決められてるんだろ?」「〈男1〉そうだが、その時間を外せば死刑ってわけじゃない。奴隷ってのは労働力としては価値が高い。給料無しで働いてくれるんだから。簡単に殺せない。それに結婚は自由だし子供を産むのも自由だ。支配者側にしてみたら、ぜひそうしてもらいたいくらいだ。若い労働力が増えるんだから」「〈男2〉生活できるのか?嫁さんと子供を食べさせられるのか?」「〈男1〉奴隷の仕事は無くならない。自由人みたいに仕事が無くなる心配をする必要は無い。嫁さんも奴隷なんだから子供の一人や二人は余裕で育てられる。みんな勘違いしてるが、囚人と奴隷は違う。奴隷は衣食住に困る事はないし仕事が無くなる心配も無い。単に契約の自由が無いだけだ」「〈男2〉囚人は?」「〈男1〉囚人は労働力じゃない。更生か廃棄の対象だ。廃棄の対象の囚人は人間扱いされない。更生の対象でも更生するまでは人間扱いされない。でも奴隷は違う。契約の自由が無いと言うだけで人間扱いされないわけじゃない」「〈男2〉それが不思議なんだが、なんで支配者は奴隷を大事にするんだろうな?」「〈男1〉さっきも言ったが、大事な労働力だからだ。支配者にしてみれば、奴隷はいつでも、精神も体も健康でいて欲しいんだよ。そうじゃないと生産力が下がるだろ?」「〈男2〉なるほどな。囚人はその逆って事だな?早く死んで欲しい?」「〈男1〉そういう事だ。奴隷を蔑むのは勝手だが、実際に惨めなのはどっちか分からんぞ。優れた支配者は奴隷を蔑んだりしない」「〈男2〉だろうな。そのおかげで自分が生活できてるんだからな。でも奴隷が死ねば新しいのを入れればいいんじゃないか?」「〈男1〉最近の奴隷相場は高い。簡単には手に入らん。奴隷一人の価値を金額にしたら、いくらになると思う?」「〈男2〉いや知らない」「〈男1〉1億以上はする。それを1000万以下で手に入れようとしてるんだから簡単な訳がない」「〈男2〉道理で大事にするわけだ」©洪 経世